Hip Hop


Eminem「The Marshall Mathers LP」(2000)

HIP HOP界最大の異端児であり、最も成功したラッパー、それがエミネムだ。白人ラッパーという境遇で差別も受けつつ、最終的にマイクスキルと私生活を全て暴く様なリリック、曲作りの非凡な才能で成功を収めた叩き上げなのが、彼のサクセスストーリーだった。

中でもクリエイティヴィティが最高潮に達したのがこの作品。ストーカーの様な自身のファン心理を歌った"Stan"、アジテートの様な強烈なラップスキルが炸裂する"The Way I Am"、ヒット曲"The Real Slim Shady"。

00年代の十年間で最もCDを売ったというエミネムだが、名声というステータスにすがらず、ハングリーに活動する姿勢が今となっては望まれるだろう。真の復活を期待。



Public Enemy「Public Enemy U/It Takes A Nation Of Millions To Hold Us Back 」(1988)

黒人ラップ最重要グループ、パブリック・エネミーの代表作2nd。「公共の敵」という確信犯的なグループ名から活動の過激さを予見させる彼等だが、メンバーのチャックDの政治的なメッセージ、度重なるドラッグに拠る入国拒否を受けるフレイヴァー等、正にその名の通りだった。

しかし本当に衝撃なのは、そのサウンド。"Bring The Noise"はPE最強のキラー・トラックであり、"Don't Believe The Hype"という強烈なメッセージを残す曲も。硬質なビートトラックに強靭なラップが刻まれる、これこそが彼等のスタイル。

ライヴでは本作を完全再現するトリビュートも行われており、筆者も目撃したが素晴らしかった。最も先鋭的で重要、それがこの不世出のグループなのだ。



A Tribe Called Quest「Midnight Marauders」(1993)

90年代に活躍したラップ・グループの中で、最もクリエイティヴな集団だったのがこのトライブ・コールド・クエスト。後にソロとしても活躍するQ-Tipを中心に、サンプリングを多用した知的でクールなトラックを作り、それに乗せる粘っこいライム。Hip Hopとして最も高度な音楽性とさえ言える。

本作はそんな彼等の3rd。冒頭の"Steve Biko"から巧みなトラックとラップスキルが光り、キラー・チューンと呼んで何ら差し支えない"Award Tour"、個人的にフェイヴァリットの"Sucka Nigga"という名トラック群が連なる。

近年再結成し、サマソニで来日したりもしたが、この頃の輝きは褪せていないのか確かめたい所だった。ライヴは未見で、それでも今尚聴くと高揚を抑えられない作品だ。



Beastie Boys「Ill Comunication」(1994)

紛れも無い白人ラッパーの先駆け、それがビースティー・ボーイズ。本作は四作目。ハードコア・パンクとしてスタートした彼等だが、そのエッジは失わず強烈なライムを駆使し音楽界に衝撃をもたらした。その後、1stに続きビルボード一位に輝いたのが本作。

アルバムを通して尋常ではないテンションで飛ばしまくるが、その頂点はやはり"Sabotage"。ハードコア・ラップとでも言うべき強烈なギターとラップで聴く者に衝撃を与える一曲。ここにビースティーズ節は極まったと言える。

白人がラップするというある種引け目を武器に変えた彼等は、HIP HOP界で最大の成功を収めた。メンバー、アダム・ヤウクは2012年に急死、多くのアーティスト、著名人が追悼の意を表した。



Kanye West「The College Dropout」(2004)

今やHIP HOPのみならず、音楽界に於いて最高のスターダムを手にしたのが、他ならぬカニエ・ウエスト。その初作がこれ。「大学中退」という何ともトホホなタイトルだが、逆にそれが反骨精神や知性を感じさせるのが凄い。ここからカニエの成功の歴史が始まった。

そのトラックのキャッチーさや中毒性では群を抜いている感のあるカニエだが、本作でのそれは最高値。"All Falls Down"の軽妙で耳に残る曲調、一転重々しい"Jesus Walks"といった素晴らしいトラックが満載のアルバム。

カニエのキャリアはすなわちいち黒人ラッパーのサクセスストーリーであり、そこに距離を置きたい気持ちはある。しかし、現代ポップカルチャー最高と言える彼の音楽には、惹きつけられずには居られない。



Outkast「Speakerboxxx/The Love Below」(2003)

黒人HIP HOPに於いて最大の成功を収め、グラミー賞も獲得したアウトキャストの5th。前作「Stankonia」が大成功を収め、更なる飛躍を成し遂げた二枚組。メンバーのビッグ・ボーイとアンドレ3000の二人により分けられ、それを一作にした大ボリュームの傑作。

攻撃的なトラックが目立つビッグ・ボーイの「Speakerboxxx」に対し、ジャズやソウルの要素を取り入れたアンドレの「The Love below」と正に好対照。大ヒット曲"Hey Ya!"も産み出した、彼等のクリエイティヴティが最高潮に達した作品。

まるで全盛期のプリンスを思わせる程の創作力だが、このテンションを持続させるのは至難の業では。更なるキャリアを刻む素晴らしい新作の登場を願う。


N.E.R.D「In Search Of...」(2001)

ネプチューンズのファレル・ウイリアムスを中心に結成された、N.E.R.Dのデビュー作。ロックとHIP HOPの融合が彼等のテーマであり、そのブレンド具合が絶妙だったのが本作。個人的に黒人音楽にのめりこむきっかけとなったグループで、ロック・サイドからの支持も厚かった。

その軽い浮遊感のあるトラック作りは、正に時代の流れとマッチしていた。派手なシングル曲こそないが、ボディーブローの様にじわじわ効いて来る快感は、音楽の理想形の一つと感じさせる程興奮するボーダーレスなサウンドだった。

N.E.R.Dは次作で更なる成長を遂げるが、それ以降の活動は契約問題、解散説等あり惜しくも低調。しかし、ここで聴かれた先鋭的な音は、確実に時代の歩を進めた。


Jay-Z「The Blueprint」(2001)

黒人ラッパーで最高のステータスを持つ、ジェイZの代表作。そのミュージシャンとしてのキャリアと影響力は絶大で、グラストンベリーや2010年のサマソニでもヘッドライナーを務める程。HIP HOPシーン最高の成功者でもある。その力量が最も発揮されたのがこの作品。

彼は攻撃的で巧みながら何故か親しみやすさを感じさせるフロウが最大の特徴だが、トラック作りも実に巧い。シングル"Izzo(H.O.V.A)"の圧倒的なキャッチーさ、"Girls,Girls,Girls"の耳に残るライム、そうした好トラックが軒を連ねる。

ラップバトルや抗争等、強い者が生き残る雰囲気のHIP HOP界だが、その中にありジェイZのラップは優しさと包容力をも湛えている。正に真のキングに相応しい。


The Streets「A Grand Don't Come For Free」(2004)

イギリス出身の白人ラッパー、マイク・スキナーに拠る一人ユニット、ストリーツの2nd。そのブレイク要因は様々考えられるが、何より英国の若者の生活に根ざしたリリックにあるのは間違いない。それは、パーティーで女の子を誘惑したり、DVDを返さなきゃ等、全くの私生活の風景だった。

そうしたストーリーに乗るトラックは、圧倒的なまでの中毒性に満ちている。中でもギターリフをフューチャーしたヒット曲"Fit But You Know It"やメロウな感涙チューン"Dry Your Eyes"等、HIP HOPとしては異質ながら白人ならではのアイディアの名曲が多数。

00年代インディーロック・シーンにも影響の大きかった彼の音楽は、あくまで若者の視点に根差したのがロックと共通する面かも知れない。それは正に普遍の物だった。



M.I.A「KALA」(2007)

スリランカ出身の女性ラッパー、M.I.Aの2nd。彼女の登場はとにかく衝撃だった。タミル族という少数派民族の武装組織に所属する父を持つという出自が影響して、彼女の表現は政治的な側面を反映する物だった。それが、ポップカルチャー方面に振り切れ、ブレイクを果たしたのが本作。

そのオリジナリティ溢れるトラック作りは、彼女ならでは。全体的にインド・テイストに溢れながら、ピクシーズの"Where Is My Mind?"のフレーズをフューチャーした"20 Dollar"等、ジャンルレスなルーツを見せるのも素晴らしい。結果として、自身最大のセールスを記録した。

彼女の音楽に対するこだわりのなさや造詣の深さは、その表現に直接滲み出ている。それは、国境も人種も越える自由に根差した物と言えるのだろう。


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